はじめに|誰もが語る「あの時買えた人が勝った」という物語
コロナショックを振り返ると、必ず聞く言葉があります。
「あの暴落で買えた人が、結局いちばん儲かった」
確かに結果だけを見れば、その通りです。
S&P500も日経平均も、その後は力強く回復し、今振り返れば「絶好の買い場」に見えます。
ですが、この言葉を聞くたびに、私は少しだけ居心地の悪さを感じます。
なぜなら――
私は、あの時「買えなかった側」の人間だからです。
しかもそれは、
「勇気がなかったから」
「判断を誤ったから」
という単純な話ではありません。
コロナショックで私が失ったのは「資産」ではなく「選択肢」
2020年春。
市場は毎日のように暴落し、ニュースを開けば感染拡大、経済停止、原油価格の急落。
当時の私は、個別株に加えてレバレッジ投資としてCFDを使っていました。
そして相場急落と同時に、追証(追加証拠金)が発生します。
選択肢は2つしかありません。
- 追証を入れてポジションを維持する
- 追証を入れず、強制ロスカットを受け入れる
私は後者を選びました。
結果、強制ロスカット。
それまで積み上げてきた含み益も、元本も、一気に市場から消えました。
よく「キャッシュがあれば暴落はチャンスだ」と言われます。
確かに、別の場所にはキャッシュ自体は残っていました。
ですが、その時の私は――
買う以前に、市場に向き合う精神状態ではなかった。
なぜ、あのチャートと空気感では逆張りできなかったのか
後からチャートを見れば、
「ここが底だった」
「ここで買えばよかった」
といくらでも言えます。
しかし、当時のリアルな空気はまったく違いました。
- 日経平均が毎日のように数%下落
- NYダウはサーキットブレーカー発動
- 「今回はリーマンとは違う」「世界が止まる」という論調
- SNSや掲示板は総悲観
そして何より、
ついさっき、自分の資産が強制ロスカットで消えた直後です。
そんな状態で、
「よし、ここが底だ。逆張りで買おう」
と冷静に判断できる人が、どれほどいるでしょうか。
私はできませんでした。
それが現実です。
数年後に残ったのは「損失」よりも厄介な感情
不思議なことに、
強制ロスカットによる金銭的な損失そのものは、時間とともに薄れていきました。
しかし、何年経っても消えなかったものがあります。
「あの時、もし買えていたら…」
相場が上がるたび、
S&P500の長期チャートを見るたび、
ふと頭をよぎるこの思考。
これは金額では測れません。
投資判断のたびに顔を出す、厄介な記憶です。
この経験で、私ははっきり理解しました。
投資の失敗は、
損益以上に「思考のクセ」として残る
だから私は「暴落で勝とう」とする投資をやめた
この経験を境に、私は考え方を大きく変えました。
それまでの私は、
- 暴落を当てたい
- タイミングを見極めたい
- 人よりうまく立ち回りたい
どこかで、そんな欲を抱えていました。
しかし、コロナショックで痛感したのはこれです。
暴落で勝てる人より、
暴落でも退場しない人のほうが、圧倒的に強い
レバレッジ投資は、うまくいけば効率的です。
ですが、ひとたび想定外が起きると、「考える権利」そのものを奪われる。
それ以来、私はレバレッジ投資から距離を置き、
インデックス投資を本格的に始めました。
今の私が決めている、たった一つのルール
現在の私のルールは、驚くほどシンプルです。
暴落が来ても、機械的に積立を継続する
- 底を当てようとしない
- 勇気を出そうとしない
- 判断しない
ただ、決めたルールを淡々と続ける。
積立投資は、
「利益を最大化する魔法の手法」ではありません。
むしろ、
退場しないための仕組み
これに尽きます。
これから暴落を経験する人へ
コロナショック級の暴落は、また必ず来ます。
それがいつかは誰にも分かりません。
その時、差がつくのは
- 勇気があるか
- 相場観が鋭いか
ではありません。
判断しなくても続けられる仕組みがあるか
ここだけです。
私は、あの時買えなかった。
そして、その後悔を何年も引きずりました。
だからこそ、今はこう言えます。
暴落で勝とうとしなくていい
ただ、市場に居続けられる投資を選べばいい
それが、
25年の投資歴と、数百万円の失敗を経て、
私がようやく辿り着いた結論です。
私が今、積立投資で重視しているのは
「商品選び」よりも「仕組みが勝手に回るかどうか」です。暴落時でも手続きを変えずに済む、
シンプルで余計な誘惑が少ない証券口座を使うようになりました。![]()
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私自身、相場でやられた後は、
チャートを見るより「考え方を整える本」を耳で聞くことが増えました。
通勤時間に流すだけでも、判断のブレはかなり減ります。![]()
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