私が研究室に配属されたのは2002年の冬。
当時の日経平均は 7,972円。いま思えば歴史的な安値圏ですが、その頃の私はそんな背景など気にも留めず、研究室でデスクトップPCを持ち込んでデイトレードばかりしていた大学生でした。
(※研究より株を触っている時間の方が長かったのは、いまとなっては時効ということで…)
為替は1ドル130円台。2001年から続く弱気相場。
でもその中に、当時の私を強烈に惹きつけた銘柄がありました。
オン・ザ・エッジ(後のライブドア)です。
ライブドア前夜。まだ“静かだった頃”
ライブドアは2000年にマザーズ上場したばかり。
あの有名な“ライブドア・ショック(2006年)”よりずっと前で、市場全体を揺らすような存在ではなく、どちらかと言えば「ITベンチャーの旗手」だった時代です。
とはいえ、堀江貴文氏(ホリエモン)の行動力は当時から桁違いでした。
- ライブドアオートの中古車CMに自ら出演
- 連続するM&A
- ニッポン放送買収劇の前哨戦となる動き
- 近鉄バファローズ買収表明
大学生の私からすると、
「こんなに動く社長がいるのか?」
と興奮すら覚え、株価の乱高下に毎日のように振り回されていました。
証券会社は当時からSBI(イートレード証券時代)
いまは手数料ゼロが当たり前ですが、当時はもちろん有料。
だからこそ私は、
「アクティブプランで固定手数料 → とにかく回転数を上げる」
という、今思うと若さ全開のスタイルで戦っていました。
ライブドアは株式分割も多く、
- 初回は1対3
- そして2003年の1対10分割
これがまた個人投資家の参加ハードルを下げ、デイトレ銘柄としては最高の“おもちゃ”になっていたわけです。
デイトレ時代の利益が、今の投資観に影響している
正直、ライブドア株ではそれなりに儲けました。
2003〜2004年のボラティリティは本当に凄まじく、
「下がったら少し買い、上がったらすぐ売る」
だけで日銭のように利益が積み上がる時期もありました。
ただ――
この時期の経験が、のちのFX・CFDの“コツコツドカン”へ続いていくのもまた事実。
ライブドアで勝てたからこそ、「自分はデイトレに向いてるのでは?」と勘違いし、市場にちょっと痛い目も見せてもらいました。
今はその反省も含め
- 米国インデックスの積立
- 高配当株の長期保有
という落ち着いた投資スタイルにたどり着きましたが、その原点には間違いなく研究室でのライブドアデイトレがあります。


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